頭隠して尻隠さず 喫煙規制の行く末

2018年05月09日(水)6:30 PM

 

ルールがマナーに

フォーラムミカサ エコのある東京千代田区では全国で初めて過料徴収を明記した路上喫煙禁止条例(生活環境条例)が16年前の2002年(平成14年)に制定された。最近はあまり見かけないが、千代田区は条例実施当初大勢の監視員を動員し、違反者から2000円の過料を実際に徴収していた。
 路上に「喫煙禁止」のマーク描かれ、随所に「路上喫煙禁止」の掲示物が設置された。千代田区のスローガンどおり「ルールがマナー」となり、路上喫煙者やタバコのポイ捨てがほとんど見られなくなった。
「喫煙者に厳しいきれいな街」という印象が千代田区に定着したと思われる。東京の中心、日本の中心都市としての面目躍如といったところであろう。

喫煙場所がなくなりルールが骨抜き マナーはどこへ 
 ところが昨今は様子が変わり、区内でかなり路上喫煙者を見かける。喫煙禁止の警告文句がある文書が掲示されているのにフォーラムミカサ エコ近隣の駐車場やビルの犬走りにもかなりの喫煙者がいる。道路や禁止場所に吸殻のポイ捨ても横行。路上喫煙禁止条例が制定される前より喫煙者のマナーが悪くなった。これはどういうことであろうか。
 路上喫煙禁止条例が制定された平成14年には国民の健康状態の維持・増進を目的として健康増進法が制定されている。この法律では、多数の者が利用する施設の管理者に受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずることという規定が置かれた(第25条)。東京オリンピックを前にして、罰金・過料付きの飲食店禁煙の改正規定もさらに論議されているが、この規定は法的強制力のない努力規定であった。
 しかしながら、この規定が設けられたことによるアナウンス効果は大きく、企業のコンプライアンス意識の高まりもあり、千代田区では徐々に建物全体を全面禁煙とするビルが増えていった。コンビニの敷地内の隅に置いてあった灰皿もどんどん撤去された。公的な喫煙所がほとんどないにもかかわらず。
 そうなると困るのは喫煙者である。喫煙は個人の嗜好であり喫煙自体は法律で禁止されている行為ではない。青少年向けの自販機の規制はあったが、タバコはコンビニ等で普通に売られている。それなのに建物の内にも外にも喫煙場所がない。健康志向が高まり成人の喫煙率は昭和40年代から比べると約80%から30%程度まで減少しているが、喫煙者はまだ相当いるのである。
 このように喫煙場所が極端に不足した状況では、自然と「ルール無視」にベクトルが動く。ネットでは「喫煙者 迷惑」、「喫煙者 人間のクズ」等の書き込みも多いようであるが、マクロ的にみると矛盾した状況が生み出した必然的な現象ともいえる。
 ルール無視は喫煙者のやむを得ないレジスタンスであり、平成の「えーじゃないか」とも言えないか。
 ルール無視の喫煙者に正義はないが、喫煙者のルール無視の原点は、合法的な喫煙行為を事実上封じてしまった無責任な状況にある。この流れを変え、喫煙者のマナーを取り戻すのは容易ではない。

喫煙規制の考え方 
 30年前の1988年に、WHO(国際保健機構)がタバコによる健康被害を懸念して「世界禁煙デー」を設けた。現在では毎年5月31日がその日とされ、世界各国でキャンペーンが実施されている。
 よくいわれるタバコと肺癌の因果関係について疫学的なデータは十分とは言えない。喫煙率が下がり続けているのに、肺癌の発症率は上昇の一途を辿っている。自動車の排気ガス、ストレス、遺伝的要素も肺癌発症の要因だろう。だからといってタバコが健康に影響しないとはいえない。タバコの煙が体に良くないことはその強烈な刺激臭が証明している。WHOのキャンペーンが功を奏して喫煙者が漸減してきたのにはそれなりの意義がある。
 
 ただ喫煙が規制される理由はあくまで喫煙による煙が周囲に与える健康被害にある。この点を押さえないと味噌も糞も一緒にする訳の分からない議論となってしまう。従って、喫煙の規制が正当化されるのは、副流煙等の煙が非喫煙者に受動喫煙をもたらす場合に限られるべきである。
 過度な規制には「禁煙ファッショ」という批判もでてくる。時代遅れと言われようが、喫煙者には他者に迷惑及ぼさない範囲で喫煙の自由があるのである。
 逆の言い方をすれば、喫煙規制に際して喫煙者自身の健康を考慮する必要は全くない。喫煙者にとってはそんなことは余計なお世話である。喫煙者はタバコが健康に良くないことは十分承知している。WHOもキャンペーンを張るし、シガレットのパッケージにも書いてある。厚生労働省も詳細な資料を提供している(e-ヘルスネット『喫煙』)。 

 ヘルスリテラシーのための情報は十分行き届いている。喫煙者はタバコが健康に良くないことを承知の上で、それでもあえて喫煙を辞めないのである。死ぬまで辞めないと公言する人も多い。これまで習慣かも知れないが、喫煙によって気分を整えたり、神経を落ち着かせたりして、生活のリズムを保っている人が確かにいる。個人の嗜好は絶対的価値であり、禁止された麻薬・覚せい剤ならともかく、これに家父長的権威で立ち向かおうとするのはしょせん無理で、思わぬ軋轢を生む。喫煙者と非喫煙者の罵り合いが生まれる。
 
分煙という理想的な棲み分け 
 タバコの受動喫煙対策をめぐり、医療施設や公的施設だけでなく飲食店等も含め、罰則付きで屋内全面禁煙を求める声もあり、WHO関係者からも日本政府にオリンピックを機会に屋内全面喫煙を実現するよう要請があるようだ。これに対して、健康増進法の厚生労働省改正案は飲食店等につき分煙型をとっている。厚生労働省案には「時代遅れ」、「分煙では受動喫煙を防げない」等、非喫煙者サイドから批判もある。
 しかしながら、なぜ分煙型がよくないのか理解に苦しむ。同じような室内空間で分煙しても受動喫煙を防げないというのが全面禁煙論の根拠であるが、はたしてそうか。
 フォーラムミカサ エコには8Fロビーに分煙室を設けてある。その入口には開放厳禁というステッカーを貼ってあるが、ときには開けっ放しになっていることがある。しかしその場合でも分煙室外にタバコの臭いはほとんどない。利用者からの苦情もない。風の流れで煙を①外窓にある換気扇と②天井の空気清浄機③窓型エアコンの排気口に誘導しているので、分煙室外に煙が漏れないのである。この会場の分煙室についてはマスメディアの取材もあったし、スポーツ新聞の記事にもなった。(会場の分煙室 東京スポーツのコラムに登場) 

 技術立国の日本で専門家が知恵を絞れば、当会場の分煙室よりも、もっと優れた煙の洩れない分煙空間を造ることも可能であろう。なぜその可能性を探らないのであろうか。民間の小規模事業者に設備整備について大きな負担がかかるのであれば、2兆円というたばこ税を財源に公的助成も考えるべきである。
 また「加熱式タバコ」を「紙巻タバコ(シガレット)」と別に扱い、アイコス等の加熱式タバコの喫煙を禁煙空間で認めることが考えられてもよい。実際に店は禁煙だが、加熱式タバコは例外的に認めるという喫茶店があるようだ。
 タバコの煙には①喫煙者が吸う「主流煙」②喫煙者が吐く「呼出」③燃えているタバコから立ち上がる「副流煙」がある。③の「副流煙」はタバコのフィルターを通さず、有害成分を直接吸い込むことになるので、最も危険である。
 これをIQOS(アイコス)等の加熱式タバコでみた場合、①の主流煙は吸わない人には影響がないので受動喫煙には関係ない。なお加熱式タバコは、タバコの葉を燃やさないので煙が出ず、有害成分の多いタールを発生させない。そのため主流煙は従来のタバコの有害成分の90%くらいカットされているといわれている(フィリップ・モリス社)。
 また加熱式タバコは葉を燃やさないので③の「副流煙」はが発生しないと考えられる。喫煙具の吸い口から有害成分が漏れる可能性は100%ないとは言えないが、基本的には従来の紙巻きタバコと大きく異なり、副流煙とは無縁である。
 そうすると、加熱式タバコの受動喫煙で問題となるのは、主として②の呼出煙だけということになる。呼出煙は主流煙が人体により濾過されて出てくる煙なので、有害成分が90%カットされた煙よりさらに有害性は少なく、煙の有害性はほとんどないといってもよいくらいではないか。「タバコ革命」といっても良いかもしれない。加熱式タバコがヒットした所以である。 IQOS(アイコス)を爆発的にヒットさせたフィリップモリス社は、2週間前の4月24日に都内で記者会見を開き、実際のレストラン等で行われた実験のデータを元にアイコスに受動喫煙の被害がないことを発表している。
 タバコ会社の手前味噌の実験とみる向きもあるかも知れないが、ちゃんとした科学的エビデンスに基づいた結果であれば尊重すべきであろう。
 全面禁煙論者は、科学的エビデンスをきちんと吟味していないにもかかわらず、受動喫煙防止という錦の御旗を掲げているので威勢が良く、粗雑かつ空疎な思考で喫煙者に辛辣な言葉を投げつける。
 分煙は世界の常識に反し、日本でしか通用しないガラパゴスルールだ。アジアの恥だ。世界の笑いものだ。喫煙ファッショだ。恐るべきヘイトな表現の狂信者達としか思えない。ネットで検索するとこんな記事がある。

 このような連中に限って喫煙者の自由は十分に尊重するなどと言う。人の手足を縛り「さあー、自由に踊りなさい」というような偽善ではないか。 
 頭の中が禁煙で充満している狂信者たちは、レベルの高い分煙の可能性も、タバコの進化も信じない。自らの正義を過信し、喫煙者という野蛮人を善導してやるとばかりに、私的領域にパターナリズムをグイグイ押し付けてくる。日本はいつからこのような窮屈な国になったのだろう。 
 喫煙者の常連客が多いスナックなど、罰則付の全面禁煙を押し付けられたら直ちに倒産する。それでも零細な経営者を「吊るせ!吊るせ!」とばかりに魔女狩りを強行するつもりなのか。
禁煙の店」「喫煙可の店」「原則禁煙・加熱式タバコ可の店」等いろいろあってもよいではないか。店頭にステッカーを貼り、客に選ばせればよいだけのことである。嫌煙を主張するものは、「禁煙の店」に行けばよい。 
 また優れた分煙システムを創り上げ、喫煙者・非喫煙者が納得できる和の空間を生めば、日本は、東京は、多様性を愛しむ民の住むアジアの誇りとしての存在を勝ち取ることができる。すくなくとも筆者はその可能性を信じている。

東京に公的喫煙所を増やす必要
 筆者は埼玉県の某市に住んでいるが、ここでは東京千代田区と同じく市の条例で路上喫煙が禁止されている。公共施設等は全面禁煙とされているが、千代田区と違い民間の事業者の「忖度(そんたく)」が足りないせいか、コンビニ等には灰皿がおかれている。そのためか、駐車場が喫煙場所になることもないし、そこに禁煙の警告文もない。少し不心得者はいるかも知れないが、都内ほどタバコのポイ捨ても多くはない。屋外喫煙による空気の汚染などは、自動車の排気ガスに比べればおそらく取るに足りないだろう。「アジアの恥」などという地方公共団体ではないように思う(笑)
 千代田区は民間の忖度が過ぎたせいか、建物内にも屋外にも喫煙場所が大方なくなってしまった。筆者の知っている公共の喫煙所は、神田橋公園にある日本橋川沿いの屋外禁煙所と和泉橋にある神田川沿いの屋外喫煙所の2カ所である。秋葉原付近にはいくつか屋内喫煙所があるようだが、喫煙者の数に比し、絶対的に不足している。
 このまま東京オリンピックを迎え、屋内禁煙が進んだとして、何も手を打たなければ違法な屋外の喫煙やタバコのポイ捨てがさらに多くなる。まさに「頭隠して尻隠さず」状態になり、全面禁煙の狂信者が叫ぶような「アジアの恥」「世界の笑いもの」となるであろう。千代田区内に屋内の公的喫煙所を相当数設ける必要があろう。
 公的喫煙所の不足は、実は善意の民間人によって少し補われてきている。神田多町の酒屋さんの倉庫のようなところの犬走りに何年も前から灰皿があり行き場のない喫煙者を救済している。全くメリットがないのに汚い灰皿を毎日清掃する行為には頭が下がる。

 神田司町二丁目裏通りの個人住宅の玄関につい最近まで灰皿が置かれていた。行き場のない喫煙者の身を案じてのことだが、介護のために今後は灰皿の処理はできない旨の文書が貼ってあった。グッとくるものがある。偽善者たちに見せてあげたい。
 公的喫煙所設置やその維持管理に金はかかるが、基本的にタバコ販売によって得られるたばこ税を財源にすればよい。足りなければタバコの販売によって利益を受けているフィリップスモリスやJT等のタバコ会社にも協力させるべし。タバコを全面発売禁止にするといって脅せばよいではないか。かれらも喫煙者と一蓮托生のはず。強力なネゴシエーションスキルを発揮できる政党には国民の支持率は上がる。政治家諸君、よく聞いておきなさい。小池都知事あんたもだ。

 筆者は昨年9月までは普通に紙巻きタバコを吸っていたが、10月から加熱タバコに代え、11月から禁煙し、非喫煙者となった。本欄は非喫煙者の立場で書いている。

     

 

  |  

申込用紙(受付表)

過去の記事

会場玄関


フォーラムミカサ エコ
TEL 03-3291-1395(代)
FAX 03-3291-1396
メール info@fm-tohnet.com
営業時間 9:00~21:00
定休日 年末年始除き年中無休
〒101-0047
千代田区内神田1-18-12
内神田東誠ビル