やり過ぎ日本のコロナ後遺症1 ソーシャルディスタンス確保から起きること

2020年 06月09日
俺たちに明日はない
 新型コロナ感染症で病院や施設に入っていた人の9割近くが回復し退院・退所しています。このまま順調に行くと、今月末を待たずにコロナ感染者の入院・入所患者がほとんどいなくなります。新規感染者も確実に減っていくでしょう。新型ウイルス感染がなくなっていくこと、これはたいへん喜ばしいことです。人々に笑顔が戻ります。
 昨日夕方からJX通信社のチャートに入院者数・療養者数が反映されました。
 
最悪のシナリオを避けるパターナリズムの「新しい生活様式」
 新型コロナの感染が明らかになってから、感染対策の専門家会議は、身体的距離確保(ソーシャルディスタンス)、「3つの密」を避けること、人との接触を8割減らすこと等の感染対策の実施を提言してきました。緊急事態宣言解除前の5月4日に、専門家会議のこれらの提言を踏まえ、厚労省が「新しい生活様式」を提示し、国民に「行動変容」の重要性を呼びかけています。新型コロナという未知のウイルスから国民を守るため、ウイルス感染の拡大や再流行を防ぐ趣旨でしょう。最悪のシナリオを避けるためにかなり細かい例示がたくさん書かれています。
 これに対しては「箸の上げ下ろし」まで国が国民生活に干渉するのはどうかという意見もあろうかと思います。この「新しい生活様式」というのは、強者である国が弱者である国民の生命・身体という利益を守るために国民民生活に介入・干渉するパターナリズムといえます。パターナリズム自体をどう考えるかということを離れてまず、最悪のシナリオを避けるためのこと細かに国民生活に介入することによる合理性が検証されるべきだと考えます。
 これについては池田信夫氏の動画があります。リスク管理を効果的に考える正論だと思います。新型コロナ新規感染者のチャートでは4月11日がピークですが、潜伏期間や実効再生産数を考えると、3月末にはピークアウトしていることを考慮して見ていただきたいと思います。
 また最悪のシナリオをアピールすることにより国民が受ける恐怖(特に生命への危険)という感情が極端にルールを美化しそれから逃れられないという不幸な結果をもたらす危険があります。この点についての議論がまったく湧いてこないのが不思議です。無知な一般庶民は物事を合理的に判断する力がないので、専門家の人が考えたことに従っていれば間違いなく、これに反対するのは悪だという危険な風潮です。自粛警察なるものの温床もここにあります。
 どのようなシステムの設計でも間違いはあります。例えば「新しい生活様式」で対面での食事や会話は良くないとされ、横に並んで食事や会話をすることを薦めますが、横並びで会話をしようと思って向き合えば、対面より身体の距離が近いということに気がつきます。横並びは対面より危険といえば危険なのです。
 またマスクをしているのに身体的距離確保(ソーシャルディスタンス)が必要かどうか大いに疑問です。マスクをしていれば咳やくしゃみの飛散がないのでソーシャルディスタンスを徹底する根拠が薄弱です。 
 ソーシャルディスタンスはマスクをする習慣があまりない海外から来た考えですが、これをマスク着用が一般化している日本に持ち込んで、感染リスクを極力避けようとするのは行き過ぎた規制とはいえないでしょうか。皆がマスクを着用しているので距離を取らなくても感染リスクはほとんどないと思われるからです。もちろん完璧にゼロリスクを避けるなら、距離を取った方が良いとの潔癖な考えもありますが、はたして皆がマスクをしている状態でこれが必ずしも必要かどうかもっと議論されてもよいのではないでしょうか。
 夏場の熱中症対策として、身体的距離が確保できるならマスクを外すべきだとの考えも感染症の専門家からでてきています。真夏にマスクをしていると熱中症で死亡する危険性さえ指摘されています。皇居でマラソンしているランナーが息苦しさのあまり「あごマスク」になっているのもよく見かけます。
 とすれば、マスク着用とソーシャルディスタンス確保を併用する必然性はなかったということではないでしょうか。
 ソーシャルディスタンスは、感染リスクを避けるという本来の意図を超えて、言葉だけが独り歩きして理想化されてきたような感があります。
   
 ソーシャルディスタンスについては、行政指導があったかどうかは分かりませんが、上の画像のようなものを使い、ビジュアルに人の行動を操作する、行動経済学の「ナッジ」の手法がとられています。このような選択構造の操作が行われると、これに反する行動をとることは難しくなります。

ソーシャルディスタンスの弊害
                       
 安倍総理大臣は3月28日の記者会見で、感染の拡大が抑制された段階においては景気のV字回復を目指していきたいと語りました。しかし新しい生活様式で推奨されているソーシャルディスタンスに従うなら、マスクをしていても、映画館や劇場の収用人数は従来の半分以下になります。飛行機や新幹線、電車の定員も従来の半分とせざるを得なくなります。飲食店やレストランも同様です。これでは景気のV字回復などとても期待できないでしょう。極端にいえば事業体の倒産を奨励するようなものです。そこで働いている人の生活はどうなるでしょうか。専門家会議のメンバーには、生き残りを賭け売上を伸ばすために必死に働いている庶民の顔が全く見えていないのでしょう。給料が保証されている人たちはお気楽なものです。
 このソーシャルディスタンスは、実は徹底されている訳ではありません。毎日の満員の通勤電車はどうでしょうか。1人置きに人が座っているでしょうか、1メートル置きに人が立っているでしょうか。ここでソーシャルディスタンスは徹底されていませんし、徹底できるわけでありません。都合の悪いものはほっかむりして逃げてはいけません。
 このような現実を等閑視しておいて何がソーシャルディスタンスでしょうか。電車に乗る前は間隔を開けて並んで満員電車に乗り込み、電車から降りて出社前にコンビニに立ち寄り、間隔を開けてレジに並んで買い物をするのが実際のビジネスマンの姿です。ほとんど漫画の世界です。
 現実にできないものを理想化してルールに定め、実行を勧める。専門家会議の人の頭は大丈夫ですか。「人をなるべくスーパーに行かせないようにして、通販を奨励しよう」とか、レベルの低い話をしてみんなでうなずきあった議事録を早く公開しなさいよ。爆笑ものでしょう。
 2021年のオリンピックに話題を変えましょう。完成した新国立競技場は68,000人収容の威容を誇りますが、1メート置き、2メートル置きで収容人数を計算したら、実際の収用人数は何名になりますか。これで本当にオリンピックができるというのでしょうか。みなさん頭を冷やしなさいよ。

過ちては改むるに憚ること勿れ
 筆者は本当に危険なところに蛮勇を奮って飛び込めといっているのではありません。ほとんど危険のないものに過剰な規制をして振り返ることのない愚かさを指摘しているだけです。
 新型コロナ感染が拡大している初期状態(デフォルト)に最悪のシナリオで考えたマスク着用のうえでのソーシャルディスタンスには見直しが必要でしょう。ルールの間違いを是正する道を閉ざしたパターナリズムは恐ろしいものです。日本人はお上が右向けといえば右を向き、左を向けといえば左を向くという特性を備えているのです。
             
 ちなみに人との接触機会を8割減さなければ感染が拡大するという話に科学的根拠はあるのでしょうか。6割、5割ではだめですか。マスクをして人と対峙すれば感染の危険はほとんどないと思いますが、違いますか。
 接触感染、飛沫感染、エアロゾル感染等の感染形態を無視し、ただただ人が増えただけで大騒ぎし、妙なナッジを使い「家にいろ」とはどういうことでしょうか。都知事と8割おじさんが渋谷の交差点を見て、「人が多くなってきた。緩んできた。」などと訳の分からないことをいい、「賑わうことは悪いこと」といわんばかりのインチキくさい芝居することにみな飽きがきています。宣言解除後大阪や東京の街かどの人は戻ってきていますが、新規感染者はとくに増えているという感じはしません。
 自ら後戻りの道を閉ざし、自分で自分の首をしめているのではないか。「新しい生活様式」はそのような危険な臭いがあります。
 
みんな巣から出て普通の生活に戻っていこう。まだ危険は少し残っているのでマスクをしながらですが。

会場のソーシャルディスタンスについて、利用者からお電話をいただきますが、本日は時間がないので、次回のブログでお答えします。
 

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