天空から 6 東京都にある日本の最南端 沖ノ鳥島

2021年 02月07日
グーグルアースの優れた機能
 コロナ禍にあって現地に行かなくても体験できる「オンライン旅行」(有料)というものがあります。観光地の様子を録画した動画をパソコンで見るものが主流のようですが、中にはGoogle Earthやストリートビューを利用して上空からの風景や現地の3D画像で旅行の疑似体験をするというものもあるといいます。後者については筆者も同様のことを数回プレゼンテーションで行ったことがありますが、観光地の単なる紹介は当ブログの射程外です。
 今回はストリートビューを使えないもの、すなわちグーグルのカメラマンが入っていない場所の話を中心にGoogle Earthを使用して書いてみたいと思います。数回続くかもしれません。
 Google Earthには地球の座標(緯度、経度等)を確認出来る機能がありますが、どうも世間ではあまり関心が持たれていないようです。
 Google Earthで富士山の山頂を検索すると次のような画像がでてきます。 
 Google Earth内でマウスポインター(カーソル)を動かすと、画像の右下の方で何やら数字がシャカシャカ動きます。この数字は地球の緯度、経度等の情報です。
 矢印部分にカーソルを当ててみたらこのようになります。この情報は度分秒法で表示されますが、秒の部分は省略します。
 この情報を基に話を進めます。

日本の最南端は沖縄の波照間島(はてるまじま)?
 ブログタイトルからネタバレですが、日本の最南端はどこかというと、沖縄県の南の島を想像する人が多いと思います。南西諸島の石垣島の離島で最も南にある島は波照間島(はてるまじま)。製糖工場や泡盛の酒造所もある、海岸線とビーチの美しい島です。果てにあるうるま(地元の方言でサンゴの島)というのが島の名前の由来と云われています。
 波照間島の緯度はGoogle Earthでは北緯24度3分です。 
ここには日本の最南端を示す碑が建っています。[竹富町観光協会のHP]から引用
 たしかに有人島では日本の最南端ですが、無人島を含め日本の領土の最南端となると波照間島ではありません。
 
日本の最南端 沖ノ鳥島
 日本の最南端は東京都にあります。小笠原村に属する無人島の「沖ノ鳥島」です。東京から約1,740km離れたところに位置します。
 Google Earthで見ると北緯20度25分ですから、波照間島とは緯度でいうと4度近く違います。
 緯度1度の長さについては、地球が回転楕円体で緯度・経度による補正があるので面倒な計算式がありますが、この辺りで大体ざっくり計算して1度110キロメートルとすると、波照間島より約400キロ以上南にあるということになります。熱帯の島です。
 沖ノ鳥島が日本本土と海底山脈(海嶺)で繋がっている偶然もとても興味深いところです。
 沖ノ鳥島は周囲約11キロの珊瑚礁の上にある北小島と東小島を中心とした珊瑚礁群の総称であり、特に「沖ノ鳥島」という一つの島があるという訳でありません。この島の成り立ちについては、地球の地殻変動や隆起珊瑚礁の形成で説明されますが、筆者が文章で書くより次の東京都のYouTube動画を見た方が分かりやすいと思います。
沖ノ鳥島の秘密 前編(約5分)

 
沖ノ鳥島の日本領土編入 無主地の先占
 本土から遠く離れた沖ノ鳥島がどのようにして日本の領土となったのでしょうか。
 伊豆諸島のはずれにある八丈島はかつて「島流し」の流刑地で「鳥も通わぬ八丈」と歌に詠まれた最果ての地。その先にある島のことなど日本人が知る由もなかった17世紀に、日本の沖・太平洋の無人島を次々と発見したのは航海中のイギリス、スペイン、オランダ等の外国の帆船。この外国船によって小笠原諸島や沖縄の大東諸島等の存在が明らかになっていきます。
 ただ発見したというだけでは発見した外国人が属する国のものになるわけではなく、実際に支配が及ばされていない土地はあくまで「無主地(むしゅち」。国際的にはどこの国にも属しない土地という扱いになります。
 この無主地に他国に先んじて支配を及ぼすことで自国のものになるという考えが「無主地の先占(せんせん)」という国際的ルールです。新大陸、新航路の発見によって展開された国家間の闘争の中で出来上がっていった国際的ルールで、現在では「国際慣習法」といってもよいと思います。
 沖ノ鳥島を最初に発見したのは、スペイン船、オランダ船等諸説あるようですが、1789年に島を見つけたイギリスのウイリアム・ダグラスによって「ダグラス礁」と命名されています。
 1922年(大正11年)に日本政府は、海軍の測量船「満州」を派遣して測量・調査を行い、1931年(昭和6年)に内務省告示によって東京府小笠原支庁に編入し、「沖ノ鳥島」と命名します。1939年(昭和14年)頃から灯台等の建設を始めますが戦争勃発により中断。終戦後は沖ノ鳥島を含む小笠原諸島がアメリカの施政権下に置かれ、1968年に(昭和43年)日本に返還されるという経過を辿ります。

沖ノ鳥島の国際法上の領土性と水没危機回避
 正確な数は分かりましせんが、沖ノ鳥島の珊瑚礁の上にはかつてかなり大きな岩礁が7,8あったようです。
 
日本財団図書館より 
 ところが沖ノ鳥島付近は台風の通り道。強烈な風雨や波に曝されると岩礁は削られ海面下に沈んでいきます。かつてあった沖ノ鳥島の岩礁はどんどんなくなり、現在では低くなった北小島と東小島の二カ所だけが残るという事態になりました。
 完全に水没してしまうと領土の前提となる「島」(水域に囲まれた陸地)とは言えなくなり、珊瑚礁があったとしても沖ノ鳥島自体が領土性を失うことになります。領土でなくなると、その周辺の12海里(約2.2㎞)の領海もなくなり、島の低潮線から200海里(約370㎞)の排他的経済水域も失うということにもなります。日本の持っている海洋権益が多く失われるという深刻な事態が到来します。
 この点について、日本も批准している国連海洋法条約には次の規定があります。

<国連海洋法条約 第121条(島の制度)>
 1項 島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。
 2項(省略)
 3項 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない

 1項の「水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるもの」が国際法上の「島」だとすれば、1987年(昭和62年)当時満潮時に北小島が海面より16センチ、東小島が6センチしか顔を出さないという状態はまさに島が消滅するという国家的危機。だからといって中国が南沙諸島で行っているように土砂を持ってきて珊瑚礁全体を埋め立て、人工島を造るというのでは、「自然に形成された陸地」という国際法上の「島」という概念から大きく外れてきます。そこで考えたのが下図の工夫。
 北小島、東小島の周囲を消波ブロックで囲んでその中にコンクリートを入れ波の影響を避けます。また「水に囲まれ」という要件を満たすため、満潮時に小島に水が入ってくるように海水を通す溝を造ります。さらに国際法を遵守している小島の状態を可視的にするように、上から見ることができるようにしますが、外部からの攻撃や漂流物の衝撃から島を守るためチタン金属のワイヤーでできた網をかぶせます。
 このように幾重にも凝らした工夫と努力で我が国が国際法のコンプライアンスを守り、沖ノ鳥島の領土性を維持してきていることは内外にもっと知られてよいように思います。

沖ノ鳥島の秘密 後編(約9分30秒)
 あまり長くなりすぎたので、本日はこのあたりで辞めますが、後日さらに続けます。
 <追記>2月10日
 先日は所用ができたので、時間切れでアップしましたが、次のようなことを書こうと思っていました。
 第一は、国連海洋法条約 第121条3項との関係で、沖ノ鳥島が排他的経済水域を有する独自の経済的生活を維持することのできる島といえるかという点です。沖ノ鳥島の秘密 後編の動画で証明が出来ていると考えますので、書かなくてもよいかなと思います。
 第2は、領有権の問題です。日本の他に沖ノ鳥島に領有権を主張する国はありません。その意味で領有権の争いはありませんが、南沙諸島で珊瑚礁を埋め立て人工島を作っている厚顔無恥の中国が、沖ノ鳥島を「あれはただの岩」と言い、日本の領有権を積極的に否定する発言を繰り返し、日本の排他的経済水域に勝手に侵入する行為を行ってきています。そのうち「尖閣諸島の領有権問題」を当欄で取り上げますので、この点はそこで論じたいと思います。

 

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