天空から 7 東京都にある日本の最東端 南鳥島

2021年 02月16日
日本の最東端 南鳥島
 日本の最東端はどこかというと、北海道・根室半島の先端にある納沙布岬を想像する人が多いと思います。ここには日本本土の最東端を示す碑が建っています。[北海道ラボより ]「本土最東端」ということは、本土以外の土地に日本の最東端があることを示唆します。
  前回の沖ノ鳥島と同様、日本の最東端は東京都にあります。南鳥島です。
 Google Earthで見る限り、納沙布岬が東経145°49′であるのに対し南鳥島は東経153°59′。南鳥島が約8度東にあるということになります。この差がkmでいうとどのくらいか。これは簡単には答えられません。地球は楕円型の球体なので緯度によって経度の距離が変わってくるからです。
 [有限会社エス技研のブログから画像をお借りします。
 赤道上で地球の周回は約40,000km。これを360で割れば、約111km。赤道上では、経度1度が約111kmということなります。ところが緯度が上がってくるに従って周回の距離が短くなっていき、北極点では周回は0mで経度1度は0kmになります。というより、北極点では経度という観念が成立しないというべきでしょうか。
 納沙布岬と南鳥島では緯度の差が相当あるので、南鳥島が納沙布岬よりどの位東にあるのかよく分からないのです。
 なお、沖ノ鳥島のところで紹介した波照間島南鳥島はほぼ同じ緯度(北緯24度)で、波照間島がやや南にあります。北緯24度上の地球の周回と経度1度の長さは三角関数の余弦関数を使えば求められると思います。
 なお国土地理院には測量計算サイトというのがありますので、興味のある方はここのツールを使いGoogle Earthの情報で2点間の距離をいろいろ調べるのも面白いかもしれません。ツールに緯度・軽度の情報を秒単位で打ち込まなければなりませんので筆者はやりませんが、日本最西端の与那国島と最東端の南鳥島間の距離は約3,140㎞くらいあるようです。マニアックな話になりすぎすんまへん。(笑)

南鳥島はどのような島か
写真は[小笠原村のHP]より
 日本の最東端の南鳥島は一辺が約2㎞の正三角形の形をした特徴のある亜熱帯の島。東京から約1,800㎞離れており、周囲1,000㎞に全く島がないという絶海の孤島です。船舶の定期航路や航空機航路はなく、一般の人は立ち入ることはできません。かつてはアメリカ沿岸警備隊も常駐していましたが、現在では気象庁職員、国土交通省職員、海上自衛隊員約20名が常駐しているのみです。インターネット回線やマイクロウエーブ等の電気通信回線もなくテレビも見られません。
 島の状況やこの島が有する日本の海洋権益の話は次の動画がコンパクトにまとめています。
 まだ知らない日本の魅力 南鳥島 【短縮版】約5分
 
南鳥島の日本領土編入
 南鳥島は1543年にスペイン船によって初めて発見されたとも云われていますが、記録上は残っていないようです。記録上はっきりしているのは、1864年にアメリカのミッション船「モーニングスター号」がこの島を確認して、宣教師が「マーカス島」と命名したというものです。このマーカス島という名称は、戦後アメリカの施政権下にあったときにもずっと使用されてきた名称です。
 島の存在は知られてきたのにしばらく無人島として放置されてきたのは、絶海の孤島であるうえ珊瑚礁に囲まれているので船が接岸できず上陸が困難であったからと思われます。日本人がこの島に上陸したのは1879年(明治12年)の静岡県人の斉藤清左衛門、1883年(明治16年)の高知県人の信崎常太郎と云われていますが、定住には至っていません。
 初めてこの島を開拓したのは小笠原・父島で雑貨商を営んでいた水谷新六という人物。水谷は1896年(明治29年)にこの島に遭難・漂着しますが、その後小笠原に戻り20数名の人夫を引き連れて移住させ、明治政府に島の払い下げを申請。申請を受けた政府が1898年(明治31年)に島を「南鳥島」と命名し小笠原支庁に組み入れて日本領土に編入し水谷に貸与するという流れになります。
 水谷はここで50名以上が住む「水谷村」をつくり、アホウドリの羽毛や肥料に使う鳥糞(グアノ)、椰子油の採取等を営みましたが、輸送に難があったためか、結局事業は軌道に乗らなかったため島を離れ、南鳥島は1928年(昭和3年)頃から再び無人島化したといわれます。

南方の島に向かった冒険家の夢
 かつて海は果てしなく広がる未知の領域。飛行機がない時代、航海者の経験で作られた海図や水路図には間違いもあり、記載されていた島が実際にはなかったこともあったといいます。このような幻の島を「疑存島」というようです。南鳥島に漂着した水谷も、実際には存在しなかった「豊かな島」という噂の「グランパス島」を探し求めて遭難したといいます。
 台風による遭難や座礁の危険があるのに明治の冒険家達が南方の海に勇躍して出かけていったのは、莫大な富を生む事業を起こし、一獲千金を夢見ての事でしょう。アホウドリの羽は西洋では高価なもので重宝されたし、グアノの堆積物からできるリン鉱石は工業原料となります。領有権を拡大して国際社会の表舞台に立ちたいという国策が冒険家の野望を後押ししたのでしょう。時代背景が見えてきます。

富士山より高い山
 Google Earth内で南鳥島にマウスポインターを当ててみると標高(近くの平均水面からの高さ:海抜)は大体0mとなります。一番高いところが8mくらいしかない平坦な島です。マウスポインターをずらし海に当てると、一転標高はマイナス5,500m。そう、ここは太平洋の深い海溝から立ち上がっている、このあたりでは一つしかない奇跡の島。
 海底からの高さでは富士山を上回っています。沖ノ鳥島も同じです。へたくそですが、サインペンで並べた絵を描いてみました。なにか面白くないですか。

 

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