神田町名の謎

2013年 10月08日

  当会場のある「神田」は東京都千代田区の北東部にある地域の名称。「神田」は、神田(しんでん=神社へ供進する稲をつくる田=かんだ、みた、御田、三田、みとしろ)があったことが由来で全国に分布している地名ですが、東京千代田区の神田が全国で最も有名。
 広沢虎三の浪曲「次郎長伝」に出てくる「江戸っ子だってねぇ」「神田の生れよ」の有名なセリフには、江戸っ子の中でも、お城(江戸城)が近く、神田明神の天下祭(神田祭)がある神田っ子の誇り・自慢が感じられます。
 今回は神田のややこしい町名の話。

 神田に「神田〇〇町」という、「神田」の冠称がつく町名が多い理由
 東京都では終戦後の昭和22年(1947年)に麹町区神田区が合併し、千代田区が誕生します。その際に神田という名称が入っていない旧神田区内の町名に、すべて「神田」を冠称する変更が行われています。「神田区」の名前が消滅することを惜しむ住民の声に行政側が応えたとも、平河町という町名が麹町区にも神田区にもあったので、両者を区別する便宜のためであったとも言われているようです。

 その後の昭和37年(1962年)に「住居表示に関する法律」が施行され、神田地区にも住居表示が実施されていきます。住居表示が実施されると、広い道路等の境で町界が整然と分けられ、通例「内神田一丁目(町名)18番(街区符号)12号(住居番号)」というように表示されて、住居や事業所等の所在が分かりやすくなり、郵便物の配達等にも便利になるとされています。

 神田の住居表示の実施にあたっては、町名に「神田」という冠称を使わないという千代田区の方針が決められたため、住居表示の実施により「神田」という冠称が消えていき、内神田、外神田、三崎町、鍛冶町等の町名が誕生します。その結果、現在神田の冠称がつかない町ではすべて住居表示が実施されているのに対し、神田の冠称がつく町では住居表示が実施されていないという関係ができています。
 住居表示に関する法律が施行されてから50年以上も経過するのに依然として神田に「神田」の冠称がついている町名が多いのは、いかに神田で住居表示未実施地区が多いかを表しています。住居表示の実施率は東京23区で千代田区が最も低いようですが、未実施地区のほとんどが神田。
 未実施の理由は神田という地名に対する誇りや愛着による、町名変更への住民の反対運動が強かったということにあります。住居表示がすでに実施された三崎町や猿楽町でも、住民多数の署名を添えて、神田三崎町、神田猿楽町という「神田冠称の復活」の要望書が提出されているくらいです(平成16年)。今後行政が住民の声をどのように取り扱うかに注目が集まります。
 神田のややこしい町名の謎を解くキーワードは、「住居表示」と「住民感情」

 神田司町(つかさまち)と神田多町(たちょう)には二丁目はあるが、一丁目はない。
 このミステリーのような町名も住居表示の実施が原因。
 神田司町一丁目があった地域は、住居表示が実施され、現在内神田一丁目と二丁目となり、神田多町一丁目があった地域は内神田三丁目に。神田司町一丁目と神田多町一丁目は内神田に飲み込まれたわけです。フォーラムミカサ エコは現在内神田一丁目にありますが、もともとは神田司町一丁目。隣の老舗のお茶屋さんが「司園」というのが司町一丁目の名残です。
司園
 他方、神田司町二丁目と神田多町二丁目は、町名保存の要望が強く住民の反対があったために住居表示が実施できずそのままに。かくして全国でも珍しい不思議な町名となった次第。
 今年5月の4年ぶりに行われた神田祭の大祭の祭礼寄付のために内神田一丁目の町会を探しましたが見つからず、司園のご主人にお尋ねすると、「司一町会」の会長さん宅を案内していただきました。なんと内神田という名がついている町会ではなく、この地域の町会名は司町一丁目町会の略である「司一(つかいち)町会」。町名は内神田に変わっても、住民の心は「司町一丁目」。言葉が適当かどうか分かりませんが、「面従腹背」。司一町会の神輿も存在します。
司一町会 内神田三丁目でも同様、内神田三丁目町会というものはなく、いまでも多町一丁目町会。同じく神輿もあります。
多町1丁目町会 旧会場のあった神田美土代町にはなぜか奇数の番地しかなく、不思議な気がしていましたが、千代田区のホームページを見て、かつて神田警察通りを挟んで反対側に神田美土代町の偶数番地があり、住居表示の実施により、ここも内神田一丁目に取り込まれていたことが分かりました。内神田一丁目に「美土代ビル」という名のビルがあり、なにか場違いな印象を持っていましたが、これで長年の疑問が氷解。そう、ここも元は神田美土代町。旧町名にこだわるビルオーナーさんの心意気に感動を覚えます。
美土代ビル 
 神田司町、神田多町、神田美土代町。この町名には江戸時代以来の歴史が刻まれています。住民の旧町名への愛着と誇り高い神田っ子の頑固さ・反骨精神をみる思いがします。

 鍛冶町一丁目、二丁目はあるが、三丁目はなく、神田鍛冶町三丁目がある。
 鍛冶町は江戸時代の町割(区画整理)によって誕生した町名で、鍛冶方の棟梁が屋敷を構えたことに由来し、鍛冶や鍛冶に関連する多くの職人がこの町に住んでいたといわれています。昭和49年の住居表示の実施により、山手線の外側(東側)にあった、かつての「神田鍛冶町一丁目と二丁目」は、全域そのまま「鍛冶町一丁目と二丁目」に。神田という冠称はもともとついてなかったので、住居表示の実施に混乱はなかったようです。


 問題は山手線の内側(西側)にあった神田鍛冶町三丁目。ここは住居表示で鍛冶町以外の町名が予定されていたようです。神田鍛冶町三丁目の一部(神田警察通りの南側=神田駅北口前)は住居表示により内神田三丁目に編入。残りの神田警察通りの北側は、住民の反対により住居表示が実施できず、そのまま神田鍛冶町三丁目に。
 かくして「鍛冶町一丁目・二丁目」と「神田鍛冶町三丁目」が併存。これも不思議な町名。

 主要街路(この場合は山手線・中央線等の線路)を町界としたため、神田鍛冶町三丁目が「鍛冶町」の仲間に入れてもらえなかったことが要因ですが、住居表示は住民感情を無視するドラスティックな側面も伴います。
住居表示にもめげず、神田鍛冶町三丁目の町会「神田鍛冶三会町会」はいまなお健在・元気。
鍛冶三会鍛冶町3丁目            神田北口方面からみた中央通り。両側が神田鍛冶町三丁目

 神田には岩本町と神田岩本町がある。
 上の鍛冶町と似たようなことが岩本町にも。昭和40年の住居表示の実施により、昭和通りの東側に広域の「岩本町」が誕生。神田松枝町、神田大和町、神田豊島町等が吸収され消えました。
 かつての神田岩本町の内、昭和通り東側にあった地域は「岩本町三丁目」に。残った昭和通りの西側にあった狭小な地域は住居表示が実施できず、現在も「神田岩本町」。昭和通りという大きな通りを町界にしたために起きた旧町名と新町名の併存。 

       東京メトロ岩本町駅の真上にある神田岩本町
神田岩本町
  住居表示は、かつての町名番地では分かりにくかった複雑な町界や番地を整理し、町を分かりやすくし、人の訪問や郵便配達等の不便を解消しようとする制度で、むろん合理性はあります。しかし、分かりやすさのみを重視すると、歴史的文化遺産ともいうべき旧町名の消滅を招き、旧町名でまとまっていた地域のコミュニティーまでも崩壊させる危険を持っています。「地名殺し」とも呼ばれる所以です。

  政令指定都市のなかでも京都は住居表示を行わなかったそうです。歴史的に形成された「通り名」があり、京都なりの整理の仕方があるし、由緒ある町名自体の文化的な価値を重視したのだと思います。神田も江戸のシンボルであり、住居表示について京都のような道を選択するべきであったという気がします。分かりやすいとはいえ、役人的な発想の内神田、外神田等の無粋な町名が頑固で誇り高い江戸っ子、神田っ子にすんなりと受け入れられるはずがありません。

  戦後区画整理により区域や番地の整理がなされて建物等の所在確認は容易になり、昭和43年から導入され郵便番号制度により郵便事情の改善もされています。神田冠称のついた住居表示未実施地区に郵便物が届きにくい等の話は寡聞にして知りません。もはや住居表示を取り巻く状況は住居表示に関する法律が成立した当時とまったく変わっています。

 昭和55年(1980年)の紀尾井町以降、30年以上も千代田区では住居表示が全く行われていず、かつ住民がそれに不便を感じていないという現実は、もはや住居表示を実施する必要性が消滅したと考えてよいのではないでしょうか。

  先達が行った住居表示により進退両難に追い込まれている現在の千代田区の苦悩には少し同情しますが、安直に取り組んだ住居表示の発想が神田地区にはなじまず、地域住民が受け入れにくかったということはいえそうです。

  ※  本ブログを書くにあたっては、千代田区のホームページを参照しました。神輿の入った写真は本年の神田神社発行「神田祭」より。

<追記>2016-6-5
1、「司一町会」は平成27年(2015年)4月1日より、「司町一丁目町会」に名称を変更しています。
2、神田冠称を復活させる運動に押され、2014年10月の千代田区議会で、住居表示がすでに実施されている「三崎町」と「猿楽町」に神田の冠称を復活させる町名変更案が可決され、2018年1月から実施されることになりました。従いまして、本文で書きました「神田の冠称がつかない町ではすべて住居表示が実施されているのに対し、神田の冠称がつく町では住居表示が実施されていないという関係」というのは2018年から崩れるということになります。細かいややこしい話ですみません。

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